恋愛小説 食恋 弓月ひろみ

2012年04月05日

第3話 とりあえず、ビール。

メグミは、ビールが嫌いだった。
居酒屋にいくと「とりあえずビール」という、そんな僕をみて、メグミはいつも、不満そうな顔をした。

「私、その、とりあえずビール、っていうのがどうしても理解できない。」

そうやって、口元を真一文字に結んで、まっすぐ僕を見る。

「普通に、ビール。って頼めばいいじゃない。それでいい、みたいな言い方って、なんか気に入らない。」

そういうのって、愛情が足りない気がする。
それでいいよ、どうでもいいよって言われてるみたいで。すごく適当で。

彼女はいつも、そんな言い方をした。

メグミと出会ったのは、社会人になって2年目を迎えた5月だった。
社会人1年目には、恋をする余裕なんてなかった。
右も左もわからず、すし詰めになる毎朝の通勤ラッシュに揺られ、飲み明けの朝通勤を繰り返した。
そんな365日を過ごして、ようやく視界が開けはじめた、そんな時、大学時代の友人に、GWだしBBQしようぜと誘われてOKした。
言われるままに、海の近くにあるBBQ場にいった。
ついてみれば、そこは完全にアウェイな現場で、僕は途方にくれた。
せいぜい7、8人の会だろうと思っていたのに、到着してみれば30人程度の若者がいた。
どこから連れてきたんだよこんなに、ときくと、友人は「mixiでだよ」と言った。
心許ないまま、配られた缶のサワーを空け、乾杯だけをした。
mixiなんか登録したままほとんどログインしてない状態で、コミュニティにも入っているわけじゃなく、一体誰に声をかけたらいいかもわからない。
もう今日はこのまま、ただ肉だけ食べてさっさと帰ろうか…そう思って煙の立つ場所を探した。
その時、騒がしい人だかりの奥のほうで、BBQの網の前に1人、立っているメグミを見つけた。

黒っぽいジーンズに白い長袖のTシャツ。
さらにその上に、濃いピンク色のTシャツを着て、白いタオルを首に巻いていた。
まるで高校の学園祭みたいに派手なTシャツ。ハーフアップにした栗色の髪。長い付け睫。丸いチーク。
丁寧に仕上げられた「顔」と、首から下のカジュアルな鈍くささが、ひどくアンバランスに思えた。
僕が近づくと、彼女はふと顔をあげ、笑顔で
「お肉、食べました?」
と言った。右手にはトングで掴んだカルビを持っていた。
これが僕らの交わした最初の会話だった。

彼女はとても気さくで、人懐っこかった。
それに、おかしなぐらい、よく笑う子だった。
僕のつまらない会話を拾って笑い、質問をしては笑い、自分の話をしては笑う。僕は網を挟んで彼女と色々な事を話した。
メグミの頬は、やわらかそうに膨んでいた。それは「ほっぺた」と形容するのに相応しく、まるでリスのような可愛いらしさがあった。

それからの週末、僕らはいつも一緒だった。
僕らはまず、最も仲の良い「異性の友人」になった。
そのうち、金曜の夜になるとメグミが僕の部屋にくるようになり、月曜の朝まで一緒にいる、そんな時間が普通になった。
毎週、時間がわからなくなるぐらいのセックスをして、はしゃぎあってつつき合って、笑い転げる日々を過ごした。
メグミは僕の部屋の小さなキッチンに立ち、夕食に得意のマカロニグラタンを作ってくれた。

彼女がずっとこの部屋にいてくれるといい、そんな風に思いながら、3年と少しが過ぎた。
僕は彼女と過ごす未来を真剣に考えだした。時を同じくして、仕事が少しずつ忙しくなりだした。
先輩からの指示が増え、外との付き合いが増え、重要な仕事ををまかされるようになり、参加できるプロジェクトが増えた。僕は誰かに頼まれたわけでなく、自然と会社にいる時間を増やすようになった。
メグミとの「いつもの週末」は1週おきになり、時には2週おきになった。

きっかけは、何だったのか。
終わりのはじまりはいつだったのか。僕は、未だにわからない。

いつからか「僕の言葉」は彼女の心に引っかかるようになっていた。
昔なら笑ってすませてくれるようなこと、もしかしたら笑うという行為さえ必要ないと思うような言葉。
そういう言葉ですら、彼女は、その端を捕まえた。
レストランの話をしていても、いつのまにか僕たちの話になった。
テレビの話題をしていても、いつのまにか「会えないこと」の話になった。
ニュースも、本も、音楽も、何もかも、僕の言う事のすべてに彼女は絡んできて、揚げ足をとった。
自分の気に入らない「何か」と「僕」を掛け合わせては、いつも悲しそうにした。
何でもすぐにネガティブな方向に解釈をして駄々をこねて、僕のいった些細な事を気にして泣くようになった。
会話はいつも、うまく噛み合わず、平行線を辿った。

「会いたい」と私が言ったら「僕もだよ」と返して欲しいと彼女は言った。
「会いたい」と言ったときに「ごめん」と言うのは、悲しいからやめて、と。

「どうしてそういう時、いつも謝るの?!」
「なんで、謝ってるのに怒るんだよ!」

そんなやりとりを何度しただろう。

彼女は僕の返す言葉に「デリカシーがない」と言い、「言ってほしい言葉をくれない」と言って泣き出した。

僕は全てを持て余し、彼女も全てを持て余し、そして、僕は、


フラれた。


大切なのは言葉ではなく、気持ちだと思っていた。
疲れているときも、楽しいときも、とりあえず彼女に会いたかったし、とりあえず彼女を抱きたかった。
とりあえず彼女の声が聞きたかったし、とりあえず側にいて欲しかった。
それがいつまでも続けばいいんだと、思っていた。
だから、そばにいれる時には、たくさん抱きしめて、たくさん触れて。
たくさん笑いたかった。たくさん好きな物を共有したかった。

しかし、彼女にそれが伝わることはなく、僕らは別れた。

「会いたい」と私が言ったら「僕もだよ」と返して欲しい。
彼女はそんな風にいつも、彼女の中に、彼女だけの「正解」を持っていた。

「好きだよ」には「僕も好きだよ」と。
「さみしいよ」には「僕もさみしいよ」と。
「会いたいよ」には「僕も会いたいよ」。

「Aという問にはA」「Bという問にはB」。
質問にはすべて「答え」があった。それは彼女の持っている方程式だった。
でも、その正しい答えを、僕は言うことができなかった。言えなかった。

僕は、減点を積み重ね、ついに、落第の判子を押されてしまったのだ。

でも、未だに僕は納得できずにいる。
僕は、間違っていたのだろうか。
僕が、間違っていたのだろうか。


posted by 弓月ひろみ at 20:54| 恋愛小説 食恋